♪♪♪♪♪ 京都音楽センターのこと ♪♪♪♪♪
京都音楽センターのあゆみ
事業開始の頃・法人化以前(1975年〜1980年)
1975年
はじめて東京をはなれて開催された「日本のうたごえ祭典」の京都開催を機に京都ひまわり合唱団の事業部を独立させ「京都音楽センター」設立(任意団体)最初の出版物「ひとりじゃとどかない」発行。
1980年
うたごえ協議会の取り組んだ「音楽センター会館建設運動」が5年間で3800万円の資金カンパを集める。
京都生活協同組合と京都うたごえ協議会の間で「共に地域の文化を育てよう」という趣旨の「文化協定」が結ばれ、京都生協・桂組合員センター2階に4つのレッスン室と事務所を持つ「音楽センター会館」開設。
法人化から新事務所建設まで(1981年〜1985年)
1981年
京都音楽センターを株式会社として法人化。
出版・教育・企画・制作・販売と音楽に関する幅広い事業を展望し、「心にのこる音楽をみんなで・・・」を合い言葉に活動開始。
こどものうたごえ歌集の出版開始(この後E集までシリーズとして出版・総計7万冊をこえるヒット商品となる)
1985年
京都音楽センターピアノ部門として、現「ピアノフォーラム・吉田光男氏」との協同開始。
事業の発展・企画部門の確立・新事業の開始(1986年〜1987年)
1986年
京都ポップスジャズオーケストラ(現「関西オールスターズ」「ジャズオーケストラQ−WEST(クエスト)」の2バンドに発展)の制作・プロデュース開始。小中学校での音楽鑑賞会での演奏に力を入れる。
1986年
京都市中京区西の京冷泉町に新事務所建設。同時に、イベントやコンサートを担当する企画制作部門を確立。
横浜電子工業(後にマザーズシステムジャパンとして独立)の援助を受けてマザーズシステムの同時録音機を導入。同時録音サービス開始。
太鼓センターの独立と発展(1988年〜1989年)
1988年
和太鼓チーム・サークルの広がりがすすみ、京都音楽センターの和太鼓部門を独立させ、椛セ鼓センター設立する。社長にひがしむねのり氏派遣。
1989年
歌舞太鼓団「祭衆」(現在の風流打楽「祭衆」)が本格的に公演活動を開始。
日本のうたごえ京都祭典開催。
保育のためのピアノ伴奏集「せんせいピアノひいて」発行(現在F集まで発行・発行部数は総計85000部をこえている)
法人化10年・新体制で経営開始(1990年〜1994年)
1990年
京都生協文化事業センターとの協力で「井上頼豊スペインコンサートツアー」企画・実現。
株式会社の代表を山本から時田に交代。
1991年
京都音楽センター10周年の集い開催。
同時録音サービス・マザーズシステムを本格始動。
1993年
学校公演だけでなく、イベント・コンサートなど企画制作部門の仕事拡充。
1994年
劇団誠・「松井誠」京都・滋賀の公演を開始。
学校現場での演奏(学校公演)が10年の節目を迎える。この年までに800校・のべ30万人の子どもたちに生の音楽を届けたことになる。
15周年と事業の発展(1995年〜2000年)
1995年
つながりあそび・うた「サマーカレッジ実技研修会」京都ではじめての開催。
教育現場・保育現場とのつながりが飛躍的に広がる。
京都生協旅行事業部と共同し「梅原司平・ドイツ平和の旅」実施。
1996年
設立15周年記念企画として、年間10のイベント・コンサートを主催。
事業活動の柱を@事業(販売・制作)A企画(学校公演・松井誠・一般イベント他)B同時録音(マザーズシステム)C音響D講習会の5つに分類。
1997年
部落問題研究所・たかの書房と協力し、梅原司平CDBOOK「愛は元気ですか」発行。梅原司平・人権コンサートが各地で開催される。各地の自治体での仕事が増加。
1998年
中山讓はじめてのエッセイ集「フニャグニャさせて」発行に協力。
音響部門にも力を入れ、この年京都府立体育館や滋賀県立体育館など、大規模の音響システムにも対応を開始。
1999年
梅原司平「羅針盤」発売記念コンサート。京都・滋賀・綾部で3日間連続コンサート開催。
2000年
サマーカレッジ実技研修会の充実をさらに発展させ、講習会部門に力を入れる。春にスプリングカレッジ。夏にサマーカレッジ実技研修会・クラスでうたうこどもの歌講習会・手話で歌うこどもの歌講習会・ダンス講習会を開催。

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